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2009/08/12
外部化する建築


外気のままにある建築空間に関心を持ってきた。
私の言葉としては「構築された外気の空間」と称している。
普通の認識として建築空間といえば具体的な内外の境界があり内気の場である。
一方、建築空間でありながら空気の状態は外である場、そのような空間は伝統的に日本の空間にあることは周知の事である。
深い庇の下や、下屋とよばれる軒先に柱がありその内側で庇よりもより奥行きの深い中間的な領域で、その時の意識次第で内部的とも外部的とも感じられる「縁」の空間がそれである。アジアの多くの地域、とくに高温多湿なモンスーン地域に属する場所には「自然と共にある生活領域」として不可欠な普遍的空間である。欧州のように寒い国にあっても外気の空間を楽しむロッジアとして、あるいは中庭に面する外気のままの回廊として古くから建築化された特別な場である。

翻って現代の日本の日常的に体験する場に、この「構築された外気の空間」がいかに少ない事か。
外気と触れあい自然の意義を文字どおり体で感じる事を忘れている今日の人々の生活意識がある。そのことを如実に感じるのは、車窓からみる田園風景のなかにある民家のたたずまいに対してである。全ての家は閉じた矩形に窓を穿った箱となり、そこにあるさわやかな緑と清冽な空気のなかで過ごす場という自然と共にある生活をイメージさせる空間を見出す事はできない。都市の風景と変わらぬ住居の在り方、嘘のような田園風景の実状である。極たまに見かける取り残された古民家と言うべき農家の、庇と下屋のたたずまいにのみ自然と関わりのある生活とそれを支える空間がこの国にも在った事を思い出させる。
戦後60年以上経過する歴史のなかであらゆる場所が近代工業化社会の在り方に組み込まれて「都市化」の影響下にあった。そして都市と田園とに関わりなく人々の意識に通底してもたらされたものは「過密」と「効率化」である。
そのことが建築に表された要素で言えば、あらゆる空間は空調された、人工気候の空間となったと言う事が出来る。
過密と効率化の意識は空間を閉じさせ、内外の境界は壁と開口部という画一的なものとなりヒダのある曖昧な内外境界は消滅しているのが我々の接する日常の空間である。

今ここで、伝統的建築文化の復権を論じようとするのではなく、戦後60年間に変化してしまった人々の身体感覚を問題視すべき事と指摘したい。
少し汗をかいたり、寒さに衣服を重ねたり自然との応答で身体的な適応の反応は健全に生きることの表れである。
にもかかわらず、あらゆる時間を人工気候の中で過ごすことに慣れて(なってしまった)しまった身体にとって、暑い事、寒い事は、今や在ってはならないことであり、常に一定の「快適な気候」でなければ即不快であると言う意識が一般化している。
生き物としての自然なサバイバル能力を失うまでの状態が一般化してしまった。
機械に支配される身体、それは自然との応答についてのみならず、コミュニケーション能力の欠如という社会現象にも及んでいる。驚異的な能力を持つコミュニケーション・ツール、携帯電話、PCを手に入れた人々は身体的生身のコミュニケーション力の欠如、あるいは対人関係性拒否の感覚におそわれている。
ここでは機械的なる事という見えざる力に管理された肉体、無意識下の不自由、自由の喪失こそを問題としたい。自然と共にあることとはとりもなおさず自由の感覚を保持すると言うことである。
そして人は本来自然の外気の空間を愛してきたという事をここで改めて思い起こす。温熱条件の如何に関わらず、人は外気の場という自由で解放された空気、すなわち空間を至上の楽しみとして普遍的に感じ取って生きてきた。
建築という即物的には避けがたく自由を規制せざるを得ないモノでありながら、同時に空間はひとの自由のためにありたい。それには「構築された外気の空間」 がもっている開放された五感を意識させる自由の気の覚醒に着目したいと思う。

モダニズムの有名なテーゼとして「住宅は住むための機械である・・コルビジェ」がある。これは歴史的に「機械」のコンセプトが一般化されてきたが、コルビジェの愛弟子にして我が師としての坂倉準三に学べば、本来は「住むための」がその主旨であり「より良く住む」ことがそのコンセプトであると聞く。
コルビジェに同じく常に「人間のために」を口癖としていた坂倉の言葉として 私の記憶に重い。

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2009/08/11
構築された外気の空間/異化された原風景
(新建築2008年11月号掲載 「鎌倉の杜」解説文)

「林立する柱の空間」を作りたいと思ってきた。
「林立する壁の空間」への憧憬と同様に。
壁であれ,柱であれ、重層する空間に表れる境界の曖昧性に興味を持ち続けてきた。
柱と壁の大いなる違いは、常に人が見えている空間なのか、それが見え隠れする空間なのかの違いだ。
「柱の空間」とはどこまでも連続する場でありながら領域感もあるということであり、「壁の空間」は遮断することと繋げることの両義性を備えた場と、それぞれ言い換えることも出来る。

生命観に溢れた敷地
場所性を感じさせる建築を目指すとき、前述のそれぞれにふさわしい場がある。 「鎌倉の杜」の敷地は「林立する柱の空間」という主題がごく自然にイメージされる場所性を持っていた。鎌倉で当たり前に現れる風景である。
谷戸に点在する住宅群から、ほんのわずか奥まった場所である。そこは、かつて宅地として建築を試みられたが、なぜか諦めて小さな原っぱのように長い間見捨てられていた、エアポケットのような場所であった。車の入れないほどの細道を線路沿いにたどると、民家の姿は消え、樹木に覆われた高い崖がそびえている。
その崖を背にすると、線路越しにも自然林が広がっている。あるがままの自然に囲まれ、穏やかな山稜と対峙しているという、時空の転換を感じる場所である。一方向だけに開けて、背中は深い静寂に包まれた森の中かと錯覚する。
アルコーブ状になったその場所からは、100m足らずの距離の目の前で万華鏡の様に展開する四季の自然の変化の瑞々しさを映す様を、そのディテールを含めて鮮やかに見て取ることができる。しかも誰からも見られず、完璧なまでに自由に。 静けさを破る突然の電車通過音、力強く走るそれがトンネルに消えて行く様、もまた特別な情景である。
ここもまた前作の「梅屋敷ハウス」(新建築08/08)で触れた「隅っこ」(文学における原風景/奥野健男著,集英社,1972年)という安心と保護感のある原風景の、田園における一つのケースと感じる。 かって、寝室を定義して「空だけに向かって開かれた、屋外のような感覚のある、どこからも見えない、秘密めいた、明るい所」と書いた。(「埋め込まれた建築」/室伏次郎著,住まいの図書館出版局,1989年) この敷地自体が正にそのような場所性を備えた、その定義の奥にある、深い官能性を持った場所と感じられた。
この生命感に溢れたエロティシズムと自然との対峙を、空間に再構成して現したいと思った。
生きる喜びを表現する、構築された外気の空間。

原型としてのプラン
ランダムに林立する木の柱に囲まれた空間のなかに、劇的に変容するふたつの水平な広がりの場を構想する。
大地に接して盛り上がった1階の「男の間」と「女の間」は自然のままの質感と素材感の横溢する具象的な場である。
奥行きを持ちながら、透明で、かつ領域感を明らかにする林立した柱に囲まれ、構築された外気の空間の中にある。
それに対して、緩い勾配の階段を揺れながら上ってたどり着く、浮遊感に溢れた舞台のような2階の広間は、柱も、床も、天井も彩色された抽象性の高い空間である。1日の,四季の、光の様態の変化と取り巻く自然の移ろいがこの場を支配する、「時間」を濃密に体感できる空間である。
目前の山稜の緑は、朝の東からの穏やかな光に照らされて輝く葉の群れの姿から、太陽が移動すると共に刻々と濃度を変え、西に太陽が沈むにつれ、逆光の中で漆黒のシルエットとなる。天井と床に黒く切り取られた水平な隙間の中に移ろう自然の様態として、ランダムな柱のリズムと交錯する風景として展開する。広間に寝転べれば走る電車の姿もガラスに映り込む幻 影となり、1階で見るそれとは意味を異にする。
鮮やかな自然の移ろいを前にする舞台(広間)の背景となるのは、ぼんやりと空間の奥行きがうかがえて、全天のトップライトの中に樹木が揺れ動く様が切り取られる、「温室」と呼びかえられた浴室である。
「離れの間」は特別に彩られ小さくこもった空間で、小宇宙の中に、さらなる小宇宙をつくっている。「離れの間」の天井からは屋根に躙り出ることができる。そこは、空とだけ対峙する遥か無限遠を望む場となっている。
これら5つの空間は、計画に内包すべき場として私の仕事に通底する「囲まれた地上」「浮遊する上階」「こもった天井階」「天と交歓する場」を空間として具現化したものでもある。
「男の間」「女の間」「広間」「離れの間」という空間の呼び名は、仮の名前である。大きな空間とふたつの小さな空間の組み合わせは、どのような使われ方の変化にも自在に対応できる原型としてのプランである。
そのプランがあまりに簡素であるために、この家を見た人は、これは別荘ですか?日常住居ですか?と必ず尋ねられるが、いや、なんにでも使えるのですと答える事にしている。

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2007/10/30
『最近観た映画:風景とまなざしの意味するところ 』
(area045 横浜の建築家 建築家のコラム第122回掲載文)

「長江哀歌」を観た。傑作だと思う。
感動したと言うのとも違う。強く「見てよかった」と思うのだ。
中国映画はほとんど見ていない。なんとも言えないコミュニケーションの不能性を勝手に感じていて、親しみを感じ得ず食わず嫌いの関係となっていた。
今回は映画フリークの友人から「ぜひ見ろ、全編廃墟の風景が舞台だぞ」の一言に突き動かされて出かける事となった。
話は簡単である。時制は現在形の中国。過去の中国、現代の中国それぞれを表徴する中年男と若い女が登場し人探しの旅をしている。二人は何の関わりもなく、交差する場面もなくそれぞれの事情をもって同じ街に登場する。中年男も若い女の夫も男たちは出稼ぎに出た事でその妻との永い不在の関係にある。それを埋めようとしあるいは清算しようとする旅である。中年男は16年もの不在の間に新たな生活を営んでいる妻と遭遇し、すべてを受け入れ妻を身請けする稼ぎの為に新たな旅に出る。若い女は自分の新しい生活の為に、探し当てた夫に別れを告げて去る。ストーリーはそれだけである。
ロケーションは近代化中国を支える為の現在進行形の巨大国際プロジェクト、長江ダム建設の現場となっている街で、間もなくダムの底に沈もうとしている。
冒頭の長江船着き場、ワンカット長回し、スローテンポ、移動パン、ドキュメントタッチの映像、極端に少ないせりふ、といた要素で、僕の好きなアンゲロプロスからの影響大というか彼へのオマージュの強い監督と理解する。
中年男は元炭坑夫で、大ハンマー一丁をただ一つの道具としてダムに沈もうとする街の巨大建造物を解体する仕事をしつつ妻の行方を追っている。其の姿はさながら働く蟻の群れの様な人海戦術という風景で歴史的中国を象徴する。若い女は出奔したと思わせる夫を捜しつつ累々たる廃墟のあるいは廃墟にされつつ在る風景の中をさまよう。
見上げると巨大ダムの能力をアピールする完成時の水深を示す大看板が遥か丘の上に示されている。このダムには其の巨大さ故に結果としての大環境破壊、広域にわたる歴史遺産の湖底水没などの予想の基に地球規模の批判に晒されている背景がある。
が、監督は声高に環境問題へのオブジェクションを撮る事はしない。淡々と単純な物語を展開させ、すべてを風景として見ること、登場人物のまなざしのなかに意味を込めている。
不条理で不思議なシーンが唐突に3カット登場する。想像上の近代建築的な構築物がロケットの発射の様に舞い上がる。中年男がその仲間と裸で酒盛りする中で古代中国の武将らしき装束の者どもが酒を酌み交わす。そしてエンディング近く、中年男がすべてを受け入れ、希望の地としての次の労働現場へ向かう船着き場で、夕焼けの空に高く長江を渡るロープを危うげにバランスを取りながら綱渡りする男の風景。其れを見上げる中年男の不敵な笑みを含んだまなざし。唐突な不条理の映像挿入もアンゲロプロスやブニュエル譲りと言うべきか.だがここでは其の象徴風景のアイディアの切れ味に脱帽。映画的曖昧さの勝利と。
激動する今の中国にあって、其れ故に苦しんでいるおそらく圧倒的多数の人たちの存在がある。その存在に向ける監督のまなざしは、優しく、希望を見いだし、あからさまではないユーモアーの気配を漂わせて、強く訴えるものが在る。
奔流のごとく人々を飲み込みながら突き進む中国近代化という時代の流れ。其れはやがて人々に豊かさをもたらすものなのか、とてつもない欲望の神話に至るものなのか。そのなかにあって変化をリードする側からではなく、あくまでも避け難く変化の波に飲み込まれる側の視線からそこにある問題の本質を示そうとする、意志力の強度に打たれる。其れを語る象徴的廃墟の映像の静けさが見るものの心に問題の大きさと深さを沈着させる。ダム底に葬られる歴史、水底の街と言う幻想のイメージが美しくも怖い風景。
日常のリアルな風景に埋め込まれた象徴的な主題。不条理の幻想風景。

建築家の仕事は、映画監督の脚本、製作過程とよく似ていると言われるが、いい映画に巡り会う度に埋め込まれた主題の表現手法として、建築もまたかく在りたいという想いを持つこととなる。必見

 

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2007/01/06
『最近観た映画:クリントイーストウッドの謎 』
(area045 横浜の建築家 建築家のコラム第94回掲載文)

太平洋戦争で日本本土爆撃の拠点となる(既に敗戦必至状況でありながら降伏せず、本土が空爆されやがて原爆投下となり短期間に想像を絶する犠牲者をだして日本はやっと降伏勧告のポツダム宣言を受諾する、その戦略拠点となった)硫黄島の攻防戦を、日米両サイドからそれぞれに描いた二部作である「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」を観た。話題作である。そして秀作というか重い作品を観たという確かな想いがしている。
いままで無数の戦争映画を通じて、英雄が、自己犠牲の崇高さが、ヒューマニズムが、惨禍の過酷さが描かれつづけてきたが、ここではただただ戦場の苛烈と狂気がリアルに描かれる。
そのようにして、この戦いの背後にある“人間という、戦争する存在の愚かさ、避けがたく巻き込まれる悲惨”がむき出しに晒される。監督の言葉をそのまま使えば「このようにして人々は政治家に殺されつづけてきた。たった今も」ということを、声高にそれを弾劾するというのではなく、戦場の暴力の有様を克明に描く事でストレートに表わされる。
あえて、戦争映画はあまり観てこなかったのだが、今まで観たものの中で、反戦であれ非反戦であれ「美化」する事の感傷の一切を避けてこのようにひたすら戦場そのものを描くリアリズムズを通じて人間の愚かさを訴えたものは極めて少ないと思う。小学生の頃鑑賞会で町まで皆並んで歩いた記憶のある「聞け、わだつみの声・・1950年、監督の名前がどうしても思い出せない!」が数少ないそれだ。
それにしてもクリント・Eがかくも解り易い映画を作るとは。
泥沼化するイラク戦時下にある暴力国家アメリカの映画監督であれば当然? リベラル嫌いの彼がなぜ? 9・11直後のアメリカ世論の、それいけブッシュ、に同調していたともいわれる彼がなぜ? では、暴力国家アメリカを象徴する「許されざるもの」は暴力肯定なのか否定なのか?「ミスティク・リバー」のラストシーンで誤解に基づき殺人者となった主人公を親友の刑事がパレード中の舗道の対岸から手形のピストルで笑いながら撃つシーンはなに?「ミリオンダラー・ベィビー」で安楽死を犯す主人公が、その後静かに暮らしたんだとさ、とは一体?
こう観てくると、この不可解さ、なぜ?がいかにもクリント・Eだと云うことに気付く。そしてこの解り易くみえる「二部作」にも彼の映画特有の、あの何とも知れぬ薄気味の悪さの漂う画面が突然あらわれることにも。
「ミスティック・リバー」の明け方の薄暗がりの中で川面を浮遊する視点の画像、「許されざるもの」の強引な決闘に勝った主人公が深夜の土砂降りの雨中で星条旗を背景に「文句のあるやつは・・」と叫ぶ映像の、当たり前の情景の様な中で、ふっと気付かされる唐突さと不気味さは何を意味するのか。
強くてフランクでヒーロー好きのアメリカ的なるものを象徴するような俳優クリント・Eが、監督し表現することとなった時の不可解さと不気味さに引かれて彼の映画をみる。
それはある人の示唆で最近になって気付いた、ミース・V・D・R建築の中にみる不気味さへの関心につながるものを感じているのだが。

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2006/06/24
『むかし観た映画』
(area045 横浜の建築家 建築家のコラム第72回掲載文)

建築家になりたい、と想い定めるずっと前からよく映画を観た。
もっともその頃は映画が最もポピュラーな娯楽でありそれ以外に大衆が気軽に楽しめるものがなかったのだから当然な対象ではあったわけだ。
特別な体験としての「ターザン」「西部劇」が一番鮮やかに記憶にある。
のどかな田舎で家から1キロほど離れたところにバス停があった。そこには映画広告の掲示板があってポスターの四角が、そこだけ輝く夢の窓のように見えていた。貼り変わるたびに友達と連れだって、それを観るためだけに何度もたんぼ道を通って、しばし眺めては、映画館のある街へバスで出かけるわくわくする気分を想像しながらそこを離れがたく、ポスターを振り返りながら何となくうろうろとしていた。
初めて観た西部劇「オクラホマキッド」初めてみたターザン「ターザンの逆襲」。「荒野」といい「ジャングル」といい初めて観る光景にあっという間に我を忘れて感情移入し、ぼくは見晴るかす平原を孤独にさすらい、枝から枝に空を切り、恐ろしい土人(今や死語!)に恐怖して小さくふるえが止まらないでいた。
そうやって巨大な映像による観たこともない風景=異境の出現とそこでの新しい空間体験?の興奮とあこがれに包まれた、映画を観るという特別な日として記憶された情景が今でも鮮烈に目の中に浮かぶ。久しぶりに会う両親(そのころ離れて暮らしていた)に連れられて晴れの場に出かける華やいだ気分の、今となっては少し甘酸っぱい記憶と共に。
中学、高校生となって一人で観るようになり、建築家を意識すると一段と映画を観るようになった。
都会とは?(チャンピオン)。モダンリビングーそんな言葉は知らないままにーの空間ってどんな?(我らの生涯最良の日)。ヨーロッパの都会とは?カテドラルというもののスケールは?(ミラノの奇跡)。大邸宅の富豪の生活と空間とは?(サブリナ)。古代エジプトの空間は?(クレオパトラ)ピラミッドほどうやってできた?(ピラミッド)。ベニスとは?(大運河)。石の空間?(円卓の騎士)。駅というもの?(終着駅)。都会としてのローマ?(いとこ同士)。現代ギリシャ?(日曜はだめよ)。透明な大空気膜空間の住まい?(バーバデラ)。スコットランドの空と荒地?(嵐が丘)。地中海都市?(望郷)。インドの都市住居の構築された外気の空間?(チェスをするひと)郊外団地に住むとは?(現金ーげんなまーに手を出すな)。・・きりがない!
かっこいいこと、粋なこと、そして想像の空間を目の当たりにする新鮮な驚き。
戦後の貧しさを残しながらも、そこを抜け出ようとするところまできた、近代化まえの日本の都市で(中学で東京に戻っていた)、映画スクリーンという当時最もスケールのあった映像で、憧れの具現化する姿と未知の世界を目の当たりにする、人と空間の関わりを目から学んで,イメージの空間に想いをめぐらす。今で言えば、豊富なドキュメンタリーフィルムで学ぶような事を、全て映画で教わった。
ロケーションと見事なセットで観るリアリティ?は記憶の身体性を伴って今も手の内にある。
いまや、精巧なCG映像が避けられない映画体験の時代だ。今日の大方のCG映画には感覚としての興奮と刺激こそあれ、テーマを構成を物語性を、映画を映画として観る、楽しむ事と別のもう一つの体験として、空間、人、時間、の関係性の新しい体験をそこに観ている映像にリアルに発見するというぼくの楽しみは失われた。

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2005/06/29
『最近観た映画』
(area045 横浜の建築家 建築家のコラム第38回掲載文)

「エレニの旅」、テオ・アンゲロプロス監督最新作を観た。3部作予定の第1作目といわれる。
戦争の世紀と言われる20世紀を、それを生きたエレニ(ギリシャという国名の愛称でもある)という女性の半生記として描かれる。エレニとは同時代を生きてきた監督の母(この作品は彼女に捧げるとされる)に代わる存在でもある。
エレニはロシア革命のためにオデッサを追われ難民として故国を目指さざるを得なかった、親を失った少女として登場する。
画面奥からこちらに向けてゆっくりと近づいてくる、一団の人々。
見わたすかぎりの荒涼とした大地。白く、かがやくでもなく、ただ白く広がる天。
全員が黒っぽくコートに身を包みカバンをさげて沈黙のまま観客の目の前に止まる。
難民であることを告げるリーダーらしき人物の重く、絞り出すような、しかし威厳に満ちた声音。
クローズアップされる人物の貌にみる深い悲しみと虚ろさ、その中に最後の微光を見いだそうとする悲痛な意志を表す目。
監督定番の長回しといわれるロングショットの長~いワンシーン。
美しいシーンである。
そしてこれから観客が観るものが、悲しみに満ちた世界であろう事を了解せざるを得ない力がある。予定調和に過ぎる、というべきかもしれない。
決して恵まれた世界の訪れることのないエレニにとって唯一希望の存在は、引きとられて育てられた家の「兄」である。
義父との関係は、ギリシャ的因習と限りない保守性のもとに、陰惨なものとなりエレナの不幸を加速する。
成長し、やがてエレナは秘密に「兄」の子を身ごもって、父におわれながら彼らは村を出る。双子の兄弟を授かるものの貧しさから養子に取られてしまう経過、年を経て 再会し引き取るもつかの間に彼らの父である「兄」の太平洋戦争への出征。エレナはギリシャ内戦の反政府分子を匿った濡れ衣の投獄。出獄と同時に知らされる「兄」の戦死。やがて双子の息子同士は政府軍と反政府軍として敵味方となりそれぞれの戦死。
戦争の歴史がそのままエレニの悲惨な半生を表し、最後は息子の亡骸を前に天を仰ぐエレナの絶望の絶叫で映画はおわる。
遣り切れぬ思いが残る。ここには人間の、戦争する愚かさを描いて完璧なものがある。
にもかかわらず、「映画を観ること」の感動ができなかった。
確かなテーマ。完璧なロケーション主義とリアリズム(エレニの暮らす村は、荒野に忽然と村を建設、スタッフが住み込んで生活感を創り出し時間を経て撮影し、洪水のシーンは広大な領域に水を引いて村を水没させた)。決してCG手法を用いない。リアリズムな映像とそれによる見事な象徴表現。随所に見いだせる他の巨匠の戦争を描く映画へのオマージュのシーン。殆ど監督のシンボル化している固有の表現である様々な美しいシーン(海と空、水そして逆光)。完成度の高く限りなく美しい、説得力にあふれた映像・・・。にもかかわらず観る事の充足感が自分には湧いてこなかったのはなぜか。観る者の期待を裏切らない、完璧なアンゲロプロス様式。予期せぬものに出会う驚きのない流れと形式性。 新たな表現に踏み出し、確信と畏れを持ちながら問う。という、観る者が共有できる余地がないのだ。
現在進行形の「戦争する世界」の愚かさを弾劾する、監督の別の映画「ユリシーズの瞳」を観たときにも同様な感想を持った。あまりにも重く、正当な主題の取り上げ方がそうさせるのか、予想に収まってしまう完璧な横綱相撲。
それも含まれていながらストレートに戦争を描くことが主題ではない前作「永遠と1日」が、問うことの「完璧さ」に感動し充足するものであっただけに一層の満たされぬ想いが残る。建築の試みもまた然り、と思う。

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2004/11/05
『最近観た映画』
(area045 横浜の建築家 建築家のコラム第14回掲載文)

映画「父、帰る」を観た。新生ロシアの新鋭監督アンドレイ・ズビャギンツェフの劇映画第一作で、いきなりヴェネチア金獅子賞獲得という話題作。タルコフスキーの再来という、僕にいわせれば双方に失礼な、だが解りやすい賛辞に彩られた。

題名から察せられるように、長年家を空けた父が何の前触れもなく突然かえってくる。父の顔を記憶する兄と、父の姿を初めて見ることとなる16歳と12歳の兄弟。母親と祖母も登場するが場面はわずかである。
なぜ父は家を出たのか、なぜ帰ってきたのか、何をしていたのか、そのような夫を迎える妻は何を想うのか、いっさいを映画は説明しない。最後まで謎である。父の存在のしかたは説明しない人物であるだけでなく横暴な振る舞いでさえある。

謎めいて粗野な父ではあるが、目の奥に悲しみをたたえているように、僕には思えた。

そんな父は突然有無をいわさぬ気配で二人の息子と3人で旅に出るといい出す。とまどいつつも喜ぶ兄弟。ここでも、なぜ出発するのか、どこを目指すのか、なぜ母は一緒でないのか、映画はいっさいを説明しない。すべては観客の想像力に任されたままである。

そのようにして設定されたシチュエーションの中で、3人の旅を通じて父と子の確執が描かれる。

静謐さに満ちたミニマルな要素に還元された、神話的なイメージの風景が深い焦点深度のキャメラでとらえられて、観る者は一気に物語の世界に引き込まれる思いがする。風景の描き方だけではなく映画の形式がミニマルである。極端に少ないせりふ、舞台劇のように限定された室内空間、最小限の登場人物。.
つまり観客は否応なく幾重にも物語を想像せざるを得ないこととなる。

一義的には少年がどうやって父を乗り越えて(捨ててといってもいい)男になるか、父はどうやって息子を男にするかという、あるいは結果的な父殺しの物語という、全く古くさく語られ過ぎたというべき 主題にすぎない。が、ミニマルな表現がもたらす、無数の隠喩に満ちたものがそうさせる、観た者が抱く多様な感想を聞く、おしゃべりをすることは大変興味深い。

美しく興味深い映画に出会ったということで事務所で宣伝し、結局みんなが観て晩飯の話題としてだいぶ楽しんだ。

いわく、伏線としてあったことに何度も気づかされる繰り返し、反復手法の重層感とその説得性。
宗教的あるいは神話的主題の翻訳された含意。
限定された画面ではあってもそこに発見する父親と母親の本質的な違い。
物語りの展開が想像させる体制の崩壊したソ連のその後におけるロシアを象徴するやの人物設定。あるいは、そのことを連想させる廃船における情景。
風景の描き方はタルコフスキーを彷彿させるが自然の優しさを観ているのと厳しさを観ているの決定的違いがあって、ヨーロッパ的理知主義の一元的自然観を感じて、タルコフスキーの多義的表現とは大いに異なる、と観るとか。
いや、幾重もの物語性を許容する曖昧な形式性と、輪廻を表すと読めるエンドレスな映像の形式はそれ自体多義的であり、西欧的であると同時に、アジア的たり得ている、とか。
いや、此はとんでもなく古臭い博物館映画ではないか。などなど。

一切の夾雑物を排して原型となるもののみで作られながら豊かな細部を宿し、観る者の心は自由な想像に解き放たれる。此は遺構、廃墟に接する想いに同じだ。

そしてかの有名な舞台、大田省吾の無言劇「水の駅」を80年代の赤坂で観たときに衝撃と共に想ったこと、こんな建築を作りたい、と再び思わせる映画に久しぶりに出会ったと思った。必見。